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映画のコトやら何やら綴りませう
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今月17日、吸血鬼ドラキュラのモデルになったブラド・ドラキュラの子孫、オトマル・ロドルフェ・ブラド・ドラキュラ・プリンツ・クレツレスコ氏が亡くなったそうです。吸血鬼ドラキュラと言えば史上最も数多くの映画に登場したホラーキャラクターだと思いますが、その子孫としてはどのような気持ちだったのでしょうね。もっとも記事によるとご当人はブラド家家系存続のために養子縁組みしたそうで、血の繋がりは無かったようですが。「献血パーティ」や「ドラキュラ公国独立宣言」など、なかなかのアイデアマンな方だったようですね。お悔やみを申し上げつつ、このホラーファンにとって最も有名な家系がいつまでも存続することを祈ります。

ところでだいぶ前ですがTVのニュースで、ルーマニアのドラキュラ城が競売にかけられたかで観光名所の危機というのを見たのですが、そちらはどうなったのかな。

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・ドラキュラの「子孫」が死去=独立宣言などで話題に-独
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071122-00000019-jij-int
【ベルリン21日時事】アイルランドの作家ブラム・ストーカーが描いた吸血鬼ドラキュラのモデルとされるブラド公の「子孫」、オトマル・ロドルフェ・ブラド・ドラキュラ・プリンツ・クレツレスコ氏が17日、ドイツ東部の町で死去した。67歳だった。脳腫瘍(しゅよう)を患っていたという。ドイツ紙が21日報じた。
 同氏はブラド公と血のつながりはなく、子供がいないため家系の断絶を懸念した同公の女性子孫と1990年に養子縁組した。
 その後、独東部シェンケンドルフに広大な敷地の邸宅を購入し、献血パーティーや野外コンサートなどドラキュラにちなんだ企画を打ち出して観光客を誘致。2002年には「ドラキュラ公国」の独立を宣言するなど、たびたび話題を提供した。
 地元紙によれば、同氏には幼い息子がおり、ドラキュラの家系は続くという。
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